思考に弱い脳と脳に弱い体                                     

脳は全ての体の機能をコントロールして居るのは皆さんもこ存知の通りだが、その脳を細かく分けると手を司る脳、足を司る脳、唇を司る脳、と人間の体を分担して維持している。       

臓器も同じ様に一つ一つ脳が司り健康を保つ様に仕組まれているだが体を司る脳は喜怒哀楽の思考も司る事も忘れては成らない。                  

皆さんも経験が有ると思うが、上役とかお客さんとの対応で気を使って長く話をした後に凄く疲れた感じた事がありませんか?

仲の良い友達気の合う人と楽しく話をした時などはあまり疲れを感じないのに、気を使う人と長く話したり、 数多く人と話をすると疲れてくる事が有ります。中には体がだるくなって何もしたくない気持ちになり横に寝たくなる人もいる、力仕事をしたり運動をしたりすれば体力の限界で疲れても当たり前だが体を差ほど動かさないのに体がだるく成って疲れてくるのは不思議と思いませんか?

 

神経を使ったり気を使いすぎると体が疲れくる、この現象は何故、起きてくるのか? 

脳も体と同じで疲れてくる筈です、だが残念な事にその疲れを知らせる機能が無いのである。

体を維持している脳の様に脳を維持している脳は無い為に脳自体は痛みも痒み分からない、ですから脳に変化が有ってもそれを知る術が無いのです

 

脳は思考によって人体を動かしている、手も脚も思考で脳が働き自由に動かす事が出来る。

普段なにげなしに使っているから当たり前に成っていますが、脳は思考に忠実に従い言う事を聞き絶対に逆らはない奴隷のように働て居いるのです。

それに素直さが有る為に良い事も悪い事も全を受け入れて体を動かし思考に応じて寸分の狂いも無く自分の思う様に働いてくれるのです、本当に素晴らしいと思いませんか。

 

だがこの素直さが有効に使える反面、実は我々の体を脅かしたりている事が想像できます。

例えば 学校での勉強や研究など暗記したり知識を得るのには、この素直さが有効に使えるのです、何度も繰り返し同じ思考を脳に伝えると完全にインプット「覚える」してくれます。

覚え様とする思考が脳に伝わり上手く作動してくれるからだと私は思うのです。

だが勉強するのが嫌いでしたくない「したくない=覚えたくない」と言う思考が脳に伝わると脳は素直ですから覚え様とする脳にふたをする如しインプットするのを中止してしまい覚える事が出来なくなります。

 

この事は普段の子供の姿を見ていると納得できるかと思います。

要するに勉強をやる気に成ると記憶する脳がパスワードが一致したかの様に活動を始めインプット出来る様になる。だから成績が上がるのだと思うのです。

知恵遅れの方でも天才的な能力を発揮して世間をびっくりさせる事が有りますが、これなども一つの事に興味を注がれ何度も同じ思考で繰り返しやっている内に記憶を司る脳が働き興味を持った事に関しての記憶力が虚位的に上がる様に成る、だが他の事に興味を示す思考が無いと何時までも脳は蓋をされたままで居るので知恵は向上して行かない事になります。

 

この様に興味が無いと脳の蓋が閉ざされ聞いていてもインプットせずに聞き流されてしま居ます。

門前の小僧う経を覚えると言う言葉が有る様に毎日同じ事を見たり聞いたりしていると勝手にインプットして行きますが、これも全く興味が無ければインプットが朧気になるものです、ただし少しでも興味を示し聞き耳を持つと難しいお経でも勝手にインブットされて行きます。

毎日お経を唱えて居る家庭の幼い子供が教えた分けでも無いのに、勝手に覚えて唱えれる様に成る、これなどは親の真似をしたりする好奇心「本能」が旺盛な時の子供に多く見られるものです。

車に興味を持つた幼児が何時のまにか車種を覚えて親をビックリさせる事も有り、それこそ天才かと思われる様な事が幼児時代に起きる事があります。

 

自然界の言葉の無い動物にもこの現象を見る事が出来ます、離乳期が終わると親は、子を連れ歩き目の前で餌を取る姿を見せたりしますが、これなども親の真似をする本能「好奇心」によって子の脳にインプットして受け継がれて行くと思うのです。

授乳期から人間に育てられた動物は餌の取り方を知らないのは、好奇心が旺盛な時期に餌を取る姿を見せていない為に起きる現象だと思うのです

 

この様に興味を持つたり覚える意識が有るとインプットする脳細胞の働きが良くなり記憶をしていきます。

やりたくない、面倒くさい、嫌い、覚えれないと諦めるの思考は脳細胞の働きを鈍くしインプットを出来にくい状態にしてしまいます。

ですから覚える気が有るのなら後は根気良く何度も繰り返しやれば必ずインプットして行きます、当たり前ですが大事な事です。誰でも好きな事でしたら何度も繰り返し読んだり、作業をしたりを時の立つのを忘れてやっているはずです。

嫌いな人から見ると驚きのまなざしで観る状態になると思うのです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

          

 

 

どんな病気でも発病する原因が有るはずである